耳・側頭骨腫瘍についての診療案内は以下になります。
外耳道癌は100万人に1人の発症とされるまれな悪性腫瘍です(図1)。その稀少性と、側頭骨・中頭蓋底の重要構造物がミリ単位で隣接する解剖学的特性による手術難易度の高さから、標準治療法は世界的にも未確定です。この手術治療を行える医師は極めて少なく、当科は国内屈指の手術症例数を持ち、最近では年間20例ほどの手術を行っています。
外耳道癌は中耳腔への進展の有無によって手術の術式とその侵襲が大きく異なります。中耳腔進展のない症例では外側側頭骨切除を基本とした手術が行われます(図2、図3)。耳下腺など周囲への進展がなければ顔面神経は温存されます。
一方で、中耳腔進展のある症例では側頭骨亜全摘が適用されます(図4、図5)。この場合顔面神経と内耳は合併切除されます。頭蓋内(内耳道内)から耳下腺内の末梢神経の間を神経移植にて再建します(図6)が、術後の放射線照射の影響などもあり、顔面の麻痺が治癒することはなく、QOLの低下は非常に大きなものがあります。
さらに頸部のリンパ組織や筋肉の切除や頭蓋内の切除を要することも多く、顔面神経だけでなく皮膚、顔面自体の再建が必要となることもあり(図7)、頭頸部外科・脳神経外科・形成外科と共同での手術となります。治療成績は、初回治療として手術を選択すると2年疾患特異的生存率が9割、2年無病生存率8割程度となっています。これに対し、手術侵襲を回避するため放射線・抗癌剤同時併用療法を希望される患者さんも多くいらっしゃいます。当科ではTPF-RTと呼ばれる抗癌剤3剤と放射線照射の同時併用療法を施行しており、2年疾患特異的生存率が8割、2年無病生存率6.5割程度となっています。日本全国の遠方から紹介受診される方も多く、地元の病院での放射線・抗癌剤治療をお願いし、再発した場合の救済手術を当科で行うことも可能です。初回治療で手術を行う場合よりも治療成績は少し悪くなります。
側頭骨周囲の腫瘍には、上記の外耳道癌の他、中頭蓋底の骨性腫瘍や中耳腫瘍、グロームス腫瘍や神経鞘腫などの頸静脈孔腫瘍など、極めて手術・対応の難しい稀少腫瘍が含まれます。全国でも対応できる施設は極めて稀なため、多数の症例の治療を行ってきました。顔の麻痺や難聴、めまい、嚥下障害などQOLに直結する機能障害を起こしうる疾患であるため、経験に基づく精度の高い評価と治療法・術式の選択が必要となります。中でも比較的症例の多い頸静脈孔腫瘍の治療において、当科では脳神経外科と共同で、顔面神経の走行位置を維持したままその奥にある腫瘍を切除することで、顔面神経機能の温存と腫瘍切除を両立させています(図8)。
さらに、錐体尖と呼ばれる側頭骨尖端、内耳のさらに奥の病変については、従来は顕微鏡下に側頭骨を大きく削って(場合により内耳や顔面神経を犠牲にして)手術を行う必要がありました。しかし、内視鏡の進歩により、当科では近年内視鏡下に錐体尖へアプローチする低侵襲手術を行っています(図9)。
側頭骨の癌・腫瘍や錐体尖手術では、微細かつ重要な構造物がミリ単位でひしめき合っているところを骨削開していく必要があり、極めて危険な術式となります。そのため、できるだけ安全かつ繊細な手術を行う目的で様々な先端機器・技術を取り入れています。術中CT(図10a)とその画像を利用した術中即時ナビゲーションシステム(図10b)、顕微鏡に替わる新しい手術システムとして、無理な体勢をとらず顕微鏡よりさらに精細な手術画像が得られる4K3D外視鏡システム(図10c)などは手術の安全性を飛躍的に高めました。さらに、平面的なCTやMRIではイメージしにくい病変周囲の構造を可視化するために、ARによる術前画像の術前評価システム(手術シミュレーション)を導入し(図10d)、術前の病変と周囲の重要構造物を可視化するだけでなく、術者が事前にその構造物をいろいろな方向から眺め、さらに術野の中に自ら入っていくことでより立体的に構造を理解しシミュレーションを行うことが可能となりました。